#1 2018 SUMMER和歌山・白良浜
SUMMER
和歌山・白良浜
writing by 玉田和平
photograph by 三田周

関西で夏の名所といえばどこだろうかと考えたとき、真っ先に和歌山県南西部の白良浜が浮かんだ。真っ白に伸びる砂浜に花の如く咲くパラソル群。青が眩しい海。遠くに見えるリゾートホテルと手書きの看板が並ぶ海の家。頭の中で浮かび上がる海のイメージそのものだ。さぞ写真映えするだろう。一路紀伊半島へ。まだ日も昇らぬ内に集まって出発。春編同様、目的地は観光地。日が昇るに連れて人が増え写真撮影どころではなくなるので早めに行って早めに帰る。夏の白良浜は真っ白の砂浜故太陽の照り返しも凄いので、日が登り切る前に撮影を終えてしまいたかった。

到着した白良浜は想像していたよりも夏だった。車から降りると鼻を刺す海の匂い。強い紫外線が肌を焼く感覚。突き抜けるような青い空と水平線の境目に少しの雲が浮かんでいた。想像する海がここにある。まだ午前中なのにたくさんの人がパラソルを砂浜に突き刺していた。遮蔽物がなく溶けるような暑さだ。白い砂浜が想像していたよりも陽の光を反射する。この年はじめての海に心が踊った。波打ち際に行って寄せては返す波を眺めたり、意味もなくふらふらと歩いたりした。海にも入らず砂浜をいったりきたりしている成人男性4人を訝しげに見る観光客の目すら気にならないほど気持ちが昂ぶっていた。砂浜の他にも、近くの防波堤や磯にも足を向けた。



喧騒を離れるにつれ、周りは次第に緑が増え、落ち着いた雰囲気になっていった。ホテル利用者向けのシャワーやのそばに打ち捨てられた自転車が潮風によって錆びている。半分欠けたブイがそこかしこに散らばっていた。崖の近くを飛ぶ鳶の鳴き声と、磯の生き物を捕まえる人たち。そこには砂浜側とは別の、ささやかな夏が存在していた。
ふらふらと散策しながら写真を撮ってもらったが、そこには完全に浮かれたバカンス野郎たちが写っていた。この夏のアーティスト写真は海の家の前で休憩している姿の1枚になった。

思ったよりも早く撮影が終わったので、別の場所でもう少し撮影しようという話に。地図を見ながら探していると近くに奇絶峡という名前の渓谷があったのでそこへ向かう。個人的に夏というと海よりも川のほうが馴染みがあったので嬉しかった。
道中、市場に寄って腹拵え。とれとれ市場という和歌山県で一番エンタメ度の高い市場へ向かって海鮮を思う存分頂いた。ドデカいマグロがその場で解体されて売られていた。刀のように長い鮪包丁が滑らかに肉を切り裂いていく。解体をしている職人さんは矢継ぎ早に切り取った部位の魅力を説明している。背身は身が締まっていて噛みごたえがあるよ。腹身は脂が乗っていてとろけるような味わいだよ。今ならこのサイズでこの値段。そうしている間にもマグロの身はみるみるうちに骨から外され、冊となってお客さんの手に渡っていく。実際にその場で整えられた部位を目にしながら説明されると、とてもお買い得のような気になってくる。生き物から食材へと変わっていく姿を少しだけ眺めて出発。


奇絶峡は思ったよりも山の中だった。谷間を流れる川と、その付近には上流から流れてきたであろう巨岩がゴロゴロと転がっていた。川沿いに道路が走っていたが、あまりにも大きすぎる岩は撤去されずに避ける形で道が組まれていた。風景は青から一転緑へ。水は透明で、川の深いところはコバルトブルー。山間に風が吹いていて涼しい。日が傾いている訳ではなかったが、夏の夕暮れに感じるようなセンチメンタルな空気が漂っていた。海とは違った音が聞こえてきて耳が喜んでいる。遠くで鳴く蝉の声、水が岩の隙間を通り抜ける小気味の良い音、滝が水を撹拌(かくはん)する音、カナヘビが走り抜ける草むらの音。山から聞こえる音たちは馴染みがあって安心する。



滝の側を登ると小屋があり、そこに不動明王が祀ってあった。崖から飛び出している大きな岩の下の隙間に小屋が建ててあり、岩自体がその小屋の屋根になっていた。不動明王に挨拶を済ませて1枚写真を撮ると、何故か赤色が滲み出したような写真になって怖かった。なんだこれ。世の中にたくさん存在する知らない原理の片鱗に触れたような気がして嬉しくもあり怖くもあった。ほんとになんなんだ。
奇絶峡に着いてすぐに、今回のアルバムについての話をした。季節をテーマにしたEPを作りたいね、という話が出て、いいねいいねと言い合った。あまり派手な曲は入れず、季節の移り変わりの中で感じる侘び寂びみたいなものが詰まった作品になったら良いなという話もした。レコードも作りたいねという話もした気がする。これが今回のアルバム『seasons』の原型である。

気づけば日が緩やかに傾いてきて、聴こえる蝉の声もクマゼミからヒグラシに変わっていた。なんだかんだで一日中歩き廻っていた我々はへとへとになっていて、口数の少ない帰路となった。