#2 2019 SPRINGサワラ
SPRING
サワラ
writing by 玉田和平
photograph by 三田周
普段食べている食材のことを僕は何も知らない。食材を意識して食べることによって得られる気付きや知識を求めていた。そのためには、食事や料理のその前、生き物を食べ物に加工する工程から行う必要があり、そのきっかけをずっと探していた。ちょうどその時バンド内で次のスタディをどうするかという話になっていて、いい機会だと思い「料理しないか」と持ちかけた。今思うと結構強引だった気もする。
一同からの承諾も得られたので、この年のスタディは旬の食べ物を調理して食べることとなった。しめしめ。スタディを名目に知らない食べ物を食べる機会を手に入れた僕は心の中で小躍りをしていた。
まず手始めに春。あまり詳しくなく、加工が必要な春の食材とはなんだろう。蕨(わらび)やふきのとう、ぜんまい等の山菜を取りに行くには少し日が遅すぎる。加工の工程も経験があり新たな知見!という感じにもならなさそうだった。悩んだ結果サワラにしようと決めた。なんせ魚偏に春の漢字をあてがわられているんだし、きっと春の魚だろう。その当時サワラがどのような魚かあまり知らず、完全に勘で食材を決定した。
その後調べてみたがサワラは思ったよりも大きかった。出世魚の一番上位であり、最低でも全長が60センチメートル以上無いとサワラとは呼ばないらしい。デカい。肉食魚であり、尖った口から鋭い歯が覗いている。怖い。そして何よりサワラの名前は「狭い腹」が訛ったものが語源らしい。脂が乗っていて味が良いのは春よりも秋冬らしい。嘘だ。なんだそれ。春関係ないじゃん。
複雑な気持ちになりながらも、実際春に漁獲量が上がるし旬ではあるらしいのでそのままサワラをメイン食材にすることにした。本当は自分たちで釣り上げて調達したかったが、誰も釣りの機材やノウハウを持っていなかったため、市場に買い出しに行くことに。
サワラを1匹そのまま売っている場所は市場以外無いだろう、ということで一路泉佐野漁協青空市場へ。海沿いにある市場で、海鮮BBQを行うことのできるスペースがあったり、海鮮以外に地元の特産品を取り扱っていたりと、何かと活気のある市場だ。14時に水揚げがあるとのことで、その時間を狙う。諸事情により金子が不参加となり、山田、玉田、写真家の三田氏の三名で向かう。到着した市場はかなり賑わっており、そこかしこでバンバン魚が売れている。見つけたサワラはまさかの90㎝オーバーで、明らかに素人が扱えるモノではない雰囲気を醸し出していた。
デカい。お店側が用意してくれた発泡スチロールのケースに収まらず、回遊魚特有の鋭い尾ビレが飛び出していた。家の三徳包丁ではどう考えても太刀打ちできない気配があったので、その場で出刃包丁も購入した。大阪の南の方は刃物が特産品であり、海鮮達に並んで包丁やハサミも売っていた。
サワラ以外にもなにか食材を買おうということになり、山田のイチオシである「がっちょ」を購入。オタマジャクシのような見た目の小さな魚で、籠の中に大量に詰め込まれて売られていた。唐揚げにすると美味いらしい。
調達を終え、三田氏の家へ。
調理を開始する。ここから金子が合流。今日のメニューは刺身、塩焼き、サワラ大根、中落ち丼、がっちょの唐揚げ、すまし汁。サワラの捌き方は何度も動画で確認したので大丈夫なはずだ。よし行くぞ!とテーブルの上にサワラを置いて気づいたが、対応するサイズのまな板が無い。たまたま三田氏の家にあったまな板をいくつも並べてなんとか事なきを得る。いざ包丁を入れてみると、やはり背骨がとてつもなく硬い。刃が通らない。なんとか頭を落として内臓を外し、3枚におろす。
心臓付近を切り落とすと抜けきっていない血が飛び出してきた。卵嚢には卵がびっしりと詰まっていた。胃袋には魚の破片が入っていた。背骨に沿って刃を通す。包丁の角度を調節し、なるべく背骨の周りに肉が付かないようにする。普段スーパーなどで何気なく見ている魚の冊はこのようにして作られているのか、と関心しながら刃を進める。3枚におろすと途端に食材に見えてくる。
背骨に沿って付いている肉はスプーンでこそぎ落とす。全て動画で見た動きではあるが、実際に行ってみるとかなり難しい。包丁を入れる箇所や角度ひとつひとつが脳に蓄積されていく。そうしてサワラはみるみるうちに食材へと変貌していった。
サワラのダイナミックな調理とは対極的に、がっちょの調理はかなり繊細さを求められた。小さな魚の頭を落とし、しっぽを残したまま背骨に沿って2枚に下ろす。松葉切りというらしい。失敗するとしっぽから身が離れてしまったり、綺麗な見た目にならなかったりするので皆集中しながら調理していた。山田は普段あまり料理をしないそうで、恐る恐る包丁を握っていた。僕に包丁をもたせるとどうなるかわからないぞ、としきりに言っていたが、実際に調理を始めると卒なくこなしていた。器用な男だ。緊張からか山田の目は血走っていた。
少しずつ料理が完成していき、食卓が賑やかになっていくに連れて嬉しさが込み上げてきた。無駄なく調理し、余すことなく自らのエネルギーに変換することは、生きていく上での重要な行為だと感じる。
全てが出揃った食卓はまるでパーティのように華やかであったが、4人で食べるには明らかに量が多い。そこで映像担当の大内氏を急遽招き、実食がスタートした。刺し身は鮮度が良くみずみずしいままで、醤油をつけずとも十分に美味い。中落ち丼は脂が乗っており非常に旨味たっぷりで美味い。卵の黄身を落としてユッケ丼みたいにして味変することで二度楽しい。塩焼きにした腹身は淡白で箸が進む。ぶり大根ならぬサワラ大根も少し淡白になったが、みりんや醤油の味が身にたっぷりと染み込んでおり非常に美味しかった。カラッと揚がったがっちょの唐揚げはサクサクとした衣に魚の旨味が染み出していて酒のアテにぴったりだ。サワラから出たアラから作ったすまし汁はとても上品な仕上がりになっていた。どの料理を食べても笑みが溢れる。
食べ終わる頃には皆満腹で、動きが鈍くなっていた。眠気も凄い。幸せな時間だ。同じ釜の飯ではないが、共同作業や、その中での何気ない話をする時間が重要なのだろう。微睡みの中でぼんやりとした達成感と結束力を感じながらの帰路となった。