#2 2019 SUMMERミネラルウォーター
SUMMER
ミネラルウォーター
writing by 金子健太
photograph by 三田周
僕は高校野球が大好きで毎年甲子園へ観戦に行くのだが、夏の甲子園名物に「かちわり氷」というものがあるのをみなさんはご存知だろうか。炎天下のスタンドではその氷袋を首に当てて体を冷やしたり、溶けてきた氷水をストローで飲んだりしながら観戦するのだ。僕はそれが幼少期からずっと夏の風物詩として記憶されている。かちわり氷は六甲山の地下水を使っているらしく、今回のスタディは僕の中の夏というイメージに深くリンクしている気がして楽しみだった。なぜなら今回のテーマは日本の名水を使って美味しいかき氷を作ってみよう、ということだったからだ。
今回足を運ぶのは、大阪で唯一名水百選に選ばれている大阪府三島郡島本町の水無瀬神宮だ。水無瀬神宮は後鳥羽天皇・土御門天皇・順徳天皇が祀られている由緒ある神社だ。春のサワラの回では、市場で食材を調達した為、今回は自分達の足で採集したかった。離宮の湧き水は、近くにサントリー山崎の蒸溜所もあることから、質の高い湧き水であることがうかがえる。
早朝に待ち合わせ、現地に着いた。何時頃だったのかは覚えていないが、これまでのように日が昇る前に到着することはなく、割とゆっくりとした時間に着いたように思う。手水を済まし、蝉が合唱を開始する中、まずたくさんの風鈴と風車が並ぶ宮内を散策してみることに。風を受けて回る風車が運ぶ風鈴の音は真夏の暑さでへばりそうな身体を一時でも解放してくれるようだった。風鈴や風車は魔除けや厄除けの意味があるらしい。祖母の家で過ごした田舎の夏を思い出した。
宮内をひとしきり見てまわりながら涼を取っていると、いつの間にか結構な時間が経っていた。満を持していよいよ湧き水を汲めるスペースへ。誰でも自由に汲むことができ、昔から地元民の生活の支えとなっているようだ。美味しい水を無料でもらえて羨ましい。当日もたくさんの人が列を作っており、僕達もポリタンクを二つ持ってその列に並んだ。
名水を汲むなんて初めてのことだ。自分達の番が近づいてくるにつれて、なんだか厳かな気持ちになってくる。湧き水を汲む時には、貴重な水をこぼさないか気にしてしまう僕がいた。タンク二つ分満杯にいただき、採集完了。今回、メインの食材調達は、行って、並んで、汲むだけだったので、今思い返せば只々ゆっくり宮内で涼をとっていただけのように思う。賑やかな夏の合間に静かな気持ちになれた。生活圏内にあれば絶対に通っているだろう。
もっとここでゆっくり涼んでいたいなと思っていたが、これから湧き水を氷にするという作業があるため、後ろ髪を引かれながらも一行は車を走らせカメラマン三田氏の家へ。
三田氏の情報によると、水は一度沸騰させたほうが早く凍るらしく、煮沸も兼ねて湧き水を火にかけることに。全て凍らせる前にせっかくだから試飲してみようということで、おちょこ一杯分くらいの名水を飲んだ。生温いという事もあり飲料水としては市販のミネラルウォーターのほうが美味しいなと皆で何とも言えない気持ちになった。
氷になるまでの時間は長い。なのでその時間を利用して、他にも夏らしい料理を作ることにした。かき氷以外に「夏」と「名水」を結ぶ食べ物といえば素麺だろうという事で買い出しへ。加えて付け合わせの夏野菜と薬味、かき氷のシロップ用の葡萄と桃も一緒に調達した。
調理するうえで、役割分担は大事だ。玉田はかき氷のシロップ作り、僕は茄子と万願寺唐辛子の焼き浸しと焼き野菜を、山田はそれらの補助をすることに。みんなで分担し料理ができあがっていく過程は楽しくて良い時間だな、と玉田が一つ一つ丁寧に皮を剥いた果物を煮詰めている姿を見ながら思った。彼は意外に細やかな男だということをみんなにも知ってもらいたい。素麺とトウモロコシを名水で茹で、玉田と山田がオクラのカツオ和えを完成させた頃には夜になっていた。
お昼ご飯も食べていなかったので、やっとの思いで夕飯にありつけた。みんなで作ったご飯はいうまでもなく美味しく、お腹もいっぱいになり、さぁいざかき氷! とワクワクし冷凍庫を覗くとなんとまだ氷ができていないという緊急事態。僕は終電があるため、かき氷はまた日を改めることとなった。
当時は毎夏恒例のバンドの主催イベント『Bon Fire』の準備と1st album『In a Coma』の梱包作業に追われており、イベントの前か終わった後か、どのタイミングで食べたのかハッキリ覚えていないが、ついにその時はやってきた。お預けを食らっていた念願の氷になった名水との対面である。三田氏の粋な計らいで、食べ比べ用に水道水で作った氷が用意されていた。一体どれだけ違ってどれだけ美味しいのだろう、と胸を膨らませ口に運ぶ。まず感じたのは玉田が手間暇かけて名水で煮詰めた葡萄と桃のシロップが美味しい。
さて、肝心の氷の食べ比べだが、なんとなく、若干、名水かき氷のほうが美味しい気がした。