#2 2019 AUTUMNさつまいも
AUTUMN
さつまいも
writing by yumi
photograph by 三田周
いつものように夜のスタジオ練習を終え、それぞれに上着を羽織り片付けをしていると玉田が言った。「秋どこいこ?」私はあの恒例の企画の事かと思いつつ、今までこの企画に参加することはなかったのでどこか他人事で「芋掘り」と答えた。玉田「芋掘り良いですね。yumiさんも来ます?」私「行く。」即答だった。というのもこの時点で、サポートメンバーである私と佐藤の正式加入がほぼ決定しており、もしかしてあの面白そうな企画にも参加することになるのかな、と密かに期待していたからだった。そうして今回からは5人で行きましょうということになり、私は何だかこそばゆい気持ちで、めでたく今回の芋掘りツアーの一員となった。
当日の朝。メンバーと写真家の三田氏と車に乗り込み、大阪府の河内長野市にある施設「やまびこ園」へ向かう。メンバーとの車移動はライブ遠征などで慣れている。大抵車内では前列と後列で会話が別進行しており、私はいつも後列で金子と佐藤の野球トークに巻き込まれる。野球、というよりスポーツ全般に疎い私にも臨場感たっぷり身振り手振り話してくれるので、なんとなく理解できる。詳しいことは覚えていないが、二人とも何より野球が好きなのだと思う。そのうち車はくねくねと、すっかり山道を進んでいた。すこし車酔いして開け放った窓に流れていくミカン畑、鳥の鳴き声、澄んだ空気、すべてに心が踊った。なんて久しぶりの感覚だろう。体中の細胞がふっくらと満ちていくようだった。
現地の駐車場に着くと、もう既に人がたくさんいた。そこには野菜の直売所もあり、立派な葉付き大根が売られていた。私は大根の葉に目がない。金子もそのようで、即購入した。嬉しい。今夜の献立に大根葉炒めと大根サラダが暫定した。そう、今回は芋を掘るだけではなく、それを調理し食べるところまで行う。
芋掘りの受付を終え、再度車に乗り込み、芋掘り場へ向かう。芋掘り場という言葉はおかしい。さつまいも畑だ。さつまいもは掘られる為にそこにいない。これは石の採掘場などにもそう思う。話が逸れた。周りを見渡すと子連れの家族が多く、私達のようなグループは全くいなかった。芋を掘りに来ない年代なのかもしれない。30代の6人が予定を合わせ、芋を掘りに行くというシチュエーション。確かになさそうだ。
私達は案内係の人に連れられ畑の一角へ。まずは場所の争奪戦。ジャンケンで決めることに。この、ジャンケンで決めるという行為もなんだか久しぶりでいちいち面白くなってくる。内心どこでもいいと思いながらもやはりジャンケンは白熱する。極めて重要な試合を終え、それらしく野生の勘を研ぎ澄ませ場所を選んだ。軍手をはめスコップを握る。土の匂いや意外とまだ強い秋の陽ざし、どこからか風に乗ってやってくる野焼きの匂い。大自然を五感でフルに感じながらしばらく黙々と掘り続けていると誰かが「あ! 芋や!」芋の感触に歓喜した。
時を同じくして皆次々と掘り当てる。一個見つかるとどんどん出てくる。まさに芋づる式だ。この言葉の意味を完全に理解した瞬間だった。そしてその中でも大きいものが採れると皆で称え合う。原始的で、楽しく、嬉しい。何百年も前から、こんな風に仲間や家族で芋を掘っていたのだろうか。収穫できる状態になるまでの過程をすっ飛ばして今日いきなりここへ来て、さくっと掘り出しただけの私達がこんなにも嬉しいのだから、一から育て収穫した時の感動はさぞ特別なものだろう。いいトコ取りしてすみません、という気持ちを多少抱えつつ、それでも自分たちで掘った芋を並べると達成感があった。
最後に記念撮影。芋掘りの記念撮影は幼稚園以来だった。そして忘れられないのが軍手を外すと信じられない位に手がネバネバしていたことだ。これが石鹸で洗ってもなかなか落ちない。想定外の出来事に困惑する私達。幼稚園の芋掘りの記憶には無い。なぜだろう。畑の方に伺ったところ、どうやら芋の根っこに含まれる成分のせいらしく、放っておくと皮膚炎症を起こしたりもするらしい。思わぬトラップだった。
そういえば昔キャンプ場で一人散策がてら茂みに入っていくと、服にトゲトゲの植物が絡まっていることに気付き、剥がそうとするとまた別のトゲトゲが絡まり足を取られ、大げさでなく飲み込まれそうになったことがある。ごめんなさいごめんなさいと心で何度も唱えながらなんとか脱出することができた。今思えば、周りをキャンプ場にされ、さらに奥地まで侵入してくる人間への攻撃があってもおかしくない。今回の芋だって、根こそぎ人間に掘られてしまうことによる種の存続危機からくる抵抗だったのではと思っている。
その後それぞれに一息つき帰り支度を始めた。もう少しここにいたい。車に乗り込むギリギリまで、私はこれでもかというほど全身で深呼吸した。
帰路につき、車中で献立を考える。これは私と金子の役目だ。大まかに担当を決め、あとはスーパーで食材を見ながら考えようということになった。市内に着く頃にはもう日が傾き始めていたので、芋洗い班と買い出し班に別れて準備することになった。買い物班だった私はスーパーにあらゆる食材が所狭しと並んでいるのを見て直売所の風景を思い出し、都会に帰って来たのだと改めて感じた。それは残念なようで、安心なような、ちぐはぐな気持ちだった。
買い物を終え三田氏の家に戻ると、泥が綺麗に落とされたさつまいもが並んでおり、おおっとなった。土をかぶっていないだけで、見慣れたいつものさつまいもになる。いよいよ調理開始。自然とそれぞれの持ち場につく。印象的だったのは、金子が料理に取り掛かると全てが猛スピードで、まるで注文が次から次へと入る厨房のようだったこと。それから何度も味を確かめながらひたすらスイートポテトを作る玉田や、料理に慣れていない山田の、産まれたての赤ちゃんを扱うようなピーラー使い。そんな皆の横についてフワフワしている佐藤。普段のスタジオやライブでの彼らとは違う一面を初めて見たような気がした。
これはいくつかバンドをやってきた中でも初めての経験だった。普通にバンド活動をしていてメンバー全員で料理することはまず無いし、ましてや朝から芋は掘らない。しかし私達は違った。するりと何か別のチームに変化した私達は、それぞれにできることを手分けし、教えあい、次々と料理を仕上げた。
皆で作る料理はキャンプでのそれとも違う、もっと日常的で、非常に充実感のあるものだった。朝には土の中にいた芋たちも見事に姿を変え、思っていたよりずっと豪華なさつまいもと秋の食材フルコースが完成した。大拍手。テーブルに並べ、ビールを配置し、待ちに待ったいただきます!の時。この嬉しさは、ライブがうまくいった時の打ち上げか、それ以上だった。料理はどれも美味しく、秋の食材をお腹いっぱいにいただき、団欒の夜は更けていった。