#3 2020 AUTUMN兵庫・砥峰高原
AUTUMN
兵庫・砥峰高原
writing by 佐藤椅子
photograph by 大内太郎 + the sankhwa
日本の馴染み深い行事の一つに「お月見」がある。月を見ながら団子を供えて食べるアレだ。実際に自分が団子を供えた記憶はないが、9月になれば月見バーガーなんかも発売され、コンビニのレジ横には3本入りのみたらし団子が置かれるようになる。それだけで秋の訪れを感じるものだ。そしてお月見の絵には、決まってある植物が添えられている。そう、ススキだ。秋といえば月見、月見といえばススキ。僕達日本人に刷り込まれた秋を代表する植物だ。いっぱいのススキの平原で撮影したい。そう思った僕たちは早速ススキの名所を調べた。すると、兵庫県の神崎郡にある『砥峰高原』という場所がヒットした。大河ドラマ『黒田官兵衛』『平清盛』や映画『ノルウェイの森』などのロケ地として有名な場所だということだった。yumiは実際に行ったことがあるらしく当時の写真を見せてもらったところ、山一面にススキが生い茂っており、かなり映像映えしそうな場所に思えた。ただ、演奏するためには許可を取る必要があった。僕達のような名の通っていないバンドの撮影など許可してもらえるのだろうか。不安を抱えていざ申請を出してみると、2週間ほどで返事が来た。その心配は杞憂に終わり、無事撮影許可をいただくことができた。いい撮影ができそうな予感を胸に、各々当日に向けて練習を重ねていく。そして当日、撮影に必要な大量のバッテリーと機材を乗せ、僕らは兵庫県神崎郡のうねる峠を攻めつつ車を走らせた。
到着して車のドアを開けると都会にはない空気が僕らを出迎えてくれた。落ち葉や少し湿った土の匂いがほんのちょっとの肌寒さも相まって秋の匂いを醸し出している気がする。駐車場は徒歩5分ぐらい離れた場所にあり、そこからうっすらと砥峰高原の様子がうかがえる。そして僕たちは大量の機材をカートで引きながら砥峰高原の正面の入り口に立った。目の前には山一面にススキが生い茂り、その全貌は大パノラマ風景画を見ているようで、感嘆詞だけが口をついて出てくる。
管理人さんとの挨拶を終え、意気揚々と撮影場所に機材の搬入を始めた。今回は夏編より機材の量が多く、運搬は過酷なものだった。僕は今回ウッドベースを使うことになっていたのだが、これがとにかく大きくて運びにくい。ハイキングコース用の道は砂利道で当然舗装などされておらず、カートはぐらつき今にもひっくり返りそう。アップダウンもあり、つまずいたりしようものなら機材が壊れたりススキを傷つけてしまうかもしれない。楽器一つ運ぶだけでかなり神経を使い、先程の肌寒さはどこかにいってしまった。撮影場所は大内氏が下見に来たときにあらかじめ見つけてくれていた。そこまで20分ぐらいだっただろうか、汗だくで到着し、いざ準備を始める。
『seasons』に収録されている『Golden Dawn』から撮影を始める。今回も玉田と平川氏が録音の準備や手配をしてくれていた。夏編を撮影していたこともあり、前回に比べて比較的スムーズに撮影の準備が整っていく。撮影場所はちょうどバンドセットが置けそうな少し開けた場所だった。とても良さそう。風がススキの間を通り抜けていく。金子が歌い、山田が気持ちよさそうにギターを弾いている。有名な場所なだけあって、一般の観光客も多い。立ち止まって僕らを眺めている夫婦や外国人、「なんてバンドや?」とガツガツくるおじさん、走り回る子供を連れた母親が「私もトランペットやってます」なんて声をかけてくれることもあった。休憩の時に立ち寄った売店の女性に「演奏聞こえているよ」と言われた。何も遮るものがないからなのか、結構遠いところにある売店なのにそこまで音が聞こえているようだ。偶然居合わせた人との会話もこのスタディの楽しみの一つだと個人的には思っている。
撮影は順調に進んでいく。金子の声も出ていて大丈夫そうだ。やっぱり野外で楽器を弾くのは気持ちいい。撮影中、山田が茂みから出てきておもむろにギターソロを弾きだすというアイディアが急遽採用された。演奏中、唐突にススキの間から出てくる彼を見ないようにした。ススキから現れる彼は大変シュールだった。ソロが終わり画角から外れた後は腕を組んでこっちを見ている。自分が面白いとわかった上でこっちを見ていやがる。笑わそうとしている意思が感じ取れた。本人も楽しそうだった。そんな感じの雰囲気で終始和やかに『Golden Dawn』を撮り終えた。
時刻は13時過ぎ。もう1曲撮らなければいけないのだが、夏に比べて日が暮れるのが早く、また山の稜線に向かって太陽が沈んでいくので、地平線に落ちるよりも早く太陽が隠れてしまう。撮影時間は限られていた。残りは4時間ほどだろうか。バッテリーの残量は充分ある。あとは僕達が一発でOKテイクを出せばいい。あぁ、また機材を運ばなければいけない。汗をたっぷりかきながら移った次の撮影場所は、小川が流れる小道だ。運び終えた頃には夕方に差しかかっており、さっきより少し強くなった風がススキを大きく鳴らす。川からほんの少しせせらぎが聞こえてくる。とても良いロケーションだと思った。yumiは小川のほとりに一人腰掛けて、何かを食べている。おにぎりかな。金髪の女性が小川のほとりに座っている様子は傷心を癒す人のように見えた。
次の曲は『Silence』だ。トランペットをフルートに、トイピアノを鍵盤ハーモニカに持ち替えて演奏する。この曲ではなかなか立ち位置が決まらかった。ああしようこうしようと言っている間に制限時間が迫ってくる。相談の結果、山に沈んでいく太陽を背景にメンバー全員が真横に並んで演奏することになった。金子が歌いながら歩いてきてその列に加わるという演出を冒頭に追加したのが、当の金子は「歩きながら歌う練習はしていない」と不安そうだ。いざ演奏を始めると、他のメンバーの音がかなり聴こえづらくて、隣の楽器以外はほとんど音が聴こえていない。お互いを信用、あるいは無視をして演奏する。テイクを何度か重ねるうちに日もかなり落ちてきて、気温が一気に下がり朝の肌寒さと再会する。フルートは気温の変化に応じて音程が変わるので、演奏する岩本氏はとても大変そうだ。遠くの方で帰路に着く人々が横目に僕達を見ている。
何度かテイクを重ねたが、なかなかうまくいかず時間的にも次がラストテイクだろう。背中からの光が弱くなったり強くなったりするのを感じる。稜線に太陽がかかり始めた。ちょうど後光が差すような映像になり、秋のかすかに感じる物寂しさを思わせる映像になっていた。なんとか間に合ったのだ。よかった。
こうしてなんとかOKテイクを撮ることができた。その時がちょうど17時ぐらいで太陽が山に隠れるとより寒くなった。撮り終えた疲れを感じる間もなく搬出へ。やっぱりこの移動が一番大変だったと思う。映像の大内氏や音響の平川氏、演者でもあり音響でもある玉田はもっと大変だっただろう。
ちょこちょこと撮影を見にきてくれた管理人さんと「とてもいい場所ですね」なんて話しながら片付けを進める。快く撮影をOKしてくださって感謝しかない。撮影で来れてよかった。そうじゃなければこの砥峰高原を知るのはずっと後だっただろうし、知らないままだったかも知れない。普通に観光に来るだけではできない、ここで演奏する気持ちよさを体感できたのはこのスタディがあってこそのものだった。管理人さんや観光客の皆さんとの交流もなかったと思う。いろんな人に協力してもらってこのスタディは成立していると改めて痛感する。お礼にこの映像と音源が完成したら、送ろう。「また来ます!」と言葉を交わし、僕らは砥峰高原を後にした。