#3 2020 WINTER滋賀/大阪/滋賀
WINTER
滋賀/大阪/滋賀
writing by 金子健太 + yumi
photograph by 大内太郎 + the sankhwa
『スタディ2020#3 冬』は、新たな試みとして、異なる3箇所の土地で演奏をして、一つの映像に構成する試みをしている。
滋賀・琵琶湖バレイ
writing by 金子健太
photograph by 大内太郎 + 金子健太
みなさんは真冬の屋外で楽器を演奏したことはあるだろうか。これが中々過酷で、特に弦楽器の演奏はすぐに指がかじかみプレイどころではなくなってしまう。そうなると大人数でのアンサンブルは難しくなってくる。ならいっそのこと最小編成でやってみるのも面白いのではないか。スタディ#3冬編の撮影はそんな話から広がっていった。
年明けの騒ついた空気も落ちついてきた頃、撮影担当の大内氏が二つの提案をしてくれた。一つは『Coma』をyumiと僕が、それぞれ別の場所で撮影した動画を組み合わせる案、もう一つは『seasons』に収録される冬の曲を焚き火か薪ストーブの前で僕一人、弾き語りで演奏する案だ。想像するとどちらも面白そうだし、せっかくならと両方の案を採用することとなった。
『Coma』の撮影では、僕のパートを雪山で撮影し、yumiは別日に洋館でピアノの撮影をすることに。通常はピアノの伴奏に合わせて歌を録るが、スケジュールの都合上、歌を先に撮らなければならなかったので、僕の撮影前に本番用にリアレンジされた仮のピアノ伴奏を送ってもらい、それに合わせて本番の歌を撮影する、さらにyumiはその歌を聴きながら別日に本番テイクを撮影する、という大変ややこしい撮り方になった。
滋賀県の積雪スポットにいくつか目星をつけ、天気予報で雪が積もっていそうな場所を選んで撮影することにした。撮影当日は大阪駅に集合した。長い1日の始まりだ。まずは雪が絶対あって、コロナ禍のこんな時期だから人も少ないだろう、と滋賀を代表するスキー場、琵琶湖バレイに向かうことに。割と出たとこ勝負の撮影スケジュールだったので、行ってみたはいいものの、雪がなかったり、撮影禁止だった場合、状況に応じて撮影場所を変える必要があった。今思うと色んな意味でハードなスケジュールだったと思う。もしスキー場がNGだった場合に備えて、移動中はずっと次のプランを考えていたので、あっという間にスキー場に到着した。
スキー場には既に結構なスキー客がおり、嫌な予感がした。撮影できるかはさて置き、とりあえず現場を見てから考えよう、とロープウェイで登っていくことにした。雪は申し分ないくらい積もっており、雪も良い感じにぱらついていたが、大音量で音楽が流れる中、たくさんの人がスキーを楽しんでいた。これでは撮影どころではない。嫌な予感は的中した。すぐさま作戦会議になるわけだが、移動するかこのままここで撮影場所を探すか、揺らぐ。この撮影は時間との戦いである。素早く判断しなければ今日の撮影を潰してしまう恐れがあった。ダメ元でスキー場の区域外、立入禁止区域となっている登山コースに入らせてもらえないか係員にお願いしてみると、自己責任でOKが出た。ここで撮影場所を探すのが最善策だと思った僕達はすぐさま準備に取り掛かる。スキー場でヘッドフォンをして、カメラを持ち、普通の靴で滑りながら歩く我々はさぞ浮いていた事だろう。そして撮影できそうなスポットをひたすら探し歩く。雪が積もる道幅数十センチの山道は、滑ったり障害物に足を取られたら…と考えると死を感じる。普通に怖い。雪が降り続く中、僕達はどれほど下ったかわからないくらい歩いていた。
気付けば、スキー場の喧騒も届かないぐらい遠くまできた。すると、朽ちた小さな鳥居のある少し開けた場所に出た。琵琶湖が一望出来る良い場所だった。あまりの景色の良さに、しばし眺めを堪能した。麓に雪は降っていないようだった。この先撮影に適した場所がある保証もないので、ここにしようと大内氏がカメラワークや足場のチェックを始める。しかし、念のため鳥居が映っても問題ないかメンバーに確認するとNGが出てしまった。
仕方ないので、良い場所がまだきっとあるはずと気合いでどんどん下っていく。すると恐らく荷物運搬用のトロッコがあったであろう跡地に出た。傾斜だがレールもあり良いロケーションなので何とか撮影できないか探るが、足場が安定せずに断念。さらに細い山道を下っていくと、再度、撮影できそうな開けた場所をやっと見つけることができた。しっかり琵琶湖が見える良い場所だった。ここに決定。というよりここしかない。カメラワークと僕の動きの確認も兼ねてリハーサル。散々歩いたので体が温まっている。心配していた声の調子も良く、数テイクで撮り終わると確信した。夏、秋と野外でのライブ撮影の経験のおかげか、順調に撮影は進む。調子が良かったこともあり2テイク目でもうこれ以上ないテイクが撮れた。一応3テイク目も撮ったのだが、口元が冷えて歌いにくくなってきたのでボツに。そのまま撤収することにした。撮り終えた安堵感からか、帰り道は雪景色を楽しむ余裕もあり、無事に生還する事ができた。映像のチェックを終え、琵琶湖バレイを後にする。
帰りに立ち寄った麓の定食屋で、大内氏は温かいうどんを啜り、僕はおでんを頬張った。店主が「お兄さん達スキー客じゃないよな?何しに来たん?」と気さくに話しかけてくれて、談笑をしているうちに僕は気が緩み、缶ビールを開けた。夫婦で営まれているこのお店は、僕達にとって暖炉の様だった。こうして琵琶湖バレイでの撮影は終了。yumiのピアノが入った完成版が楽しみだ。
大阪・自泉会館
writing by yumi
photograph by 大内太郎 + yumi
今回のような別々での撮影は初めてで、しかもスケジュールの都合上、アカペラの金子の歌を録音した後にピアノを重ねなければならなかった。レコーディングをしたことのある人は多くはないと思うので、これがなかなかに厄介なことは伝わらないかもしれない。例えるならオムライスのふわふわ卵が先にお皿に盛られていて、チキンライスをそこに乗せてひっくり返すようなものだ。ちょっと違うかもしれない。でもそんな感じだ。順序がおかしい。
もちろんクリックを鳴らしているので致命的にずれることはない。ただ人間は機械のように演奏することはできない。同じ場所にいれば抑揚を目線などで感じることができるし、意外と体が上下したりもするので微細なタイミングを揃えやすい。しかし今回は場所も時間も何もかも違う。その上で、表現するということについて心の整理がうまくできずにいた。ふわふわ卵を壊してしまわないか心配だ。誰が考えたのか今回撮影する曲『Coma』のピアノは終始地獄の八分刻みでプレッシャーも倍増だ。そうしてとても不安な気持ちで当日を迎えた。
会場は大阪府岸和田市にある自泉会館。古くて大きな洋館で、天井が高く二階席まである。シャンデリア、大きな窓、グランドピアノ。優雅な佇まいに圧倒され心静かにテンションが上がる。昭和7年に建てられたというこの建物は、台風などの自然被害に遭いながらも幾度も修繕され、なんとほぼ当時のまま残されているらしい。以前はステンドグラスだったという大きなガラス窓から入る木漏れ日に見とれながら、映像担当の大内氏と二人きりで準備を始めた。周りは住宅街で、車もほとんど通らない。加えておしゃべりなメンバーがいないせいか、いつになく静かだ。指慣らしにクラシックの練習曲をいくつか弾く。その間に大内氏はカメラチェックや音声チェックなど、一人でとても大変そうだった。昼からの撮影で天候にも恵まれたが、ホールは広く暖房があまり効かないので手がかじかむ。ふと幼い頃の発表会を思い出す。本番前の10名ほどが、薄暗い舞台袖に並べられたパイプ椅子に並んで自分の順番を待つのだ。小さな手は緊張で冷たくなり、カイロをずっと揉みながら頭の中で課題曲のおさらいをする。かじかんだ手とピアノ、それで呼び覚まされる記憶がいくつもある。いずれも静寂と緊張を伴うもので、その感覚は決して悪いものではない。
『Coma』という曲は、もともと右手のリフが決まっており、左手は自由にということだったので、歌のメロディに合わせて微細な変化を全体に散りばめてある。いつもはバンドで演奏するのでそのアレンジが成立していたが、今回はピアノと歌だけなのでそうはいかなかった。この撮影の為に、新たなアレンジを加える必要があった。アレンジを考えているとどんどん夢中になって複雑になってしまう。でも楽しくなってきてしまうのでどうしようもない。できたー! と喜ぶのも束の間、これをノーミスで撮影?と思うとやってしまった感に苛まれる。でもやはり、やるしかないのだ。
準備が整い暖房を消し、撮影開始。大内氏も緊張している様子。よーい、スタート。ダメだ、クリックの位置が金子の歌とずれている。中断してその場で編集し直す。いつもそうだが、スタディは本当に毎回ギリギリで、手探りだ。気を取り直してもう一度。良いところまで来て、今度は私のミス。その後もモニターの電波が途切れたり、雑音が入ってしまったりなかなかに撮影は難航した。大内氏の着ている白い服が、ピアノに写り込んでしまっていることに気づいたのも割と終盤だった。 撮影というのは本当に大変だ。あらゆる失敗に絶叫したり笑ったり悔しがったりしながら、気持ちを入れ替えて何度も挑戦する。緊張感や不安もあるが、心の奥底ではこの挑戦を毎回楽しんでいる。撮影の合間にかじかんだ手を温めていると大内氏がカイロをくれた。紳士だ。手を温めながらその後何度かやっているうちに、すっかり録音してある金子の歌い癖にも合わせられるようになっていた。やってみるものだ。不安はもうとっくに吹き飛んでいた。そうして陽が落ちる前に撮影は無事終わった。
振り返ってみると思っていたほど難しいことではなかったのか、順序がどうのこうの頭で考えすぎていたのか。大変ではあったものの、逆オムライスよりは容易はだったかもしれない。そもそも逆オムライスだって難しくない可能性がある。というかオムライスって何だ。何にせよ、一件落着である。
ところでこれを書いている今、編集が済んでおらず仕上がりを確認できていない。金子チームの雪山とどのように合わさっているのか、楽しみだ。
滋賀・ことうヘムズロイド村
writing by 金子健太
photograph by 大内太郎 + 金子健太
もう一つのロケ地に僕と大内氏は頭を悩ませていた。コロナ禍で撮影オファーを受けてくれる薪ストーブのある場所が果たしてあるのかどうか不安だったからだ。大内氏がいくつか候補地を挙げてくれていたが、結局スタディ#3の夏編でお世話になった滋賀県ことうヘムズロイド村のBASE FOR RESTに再度お願いすることになった。今回も快く受け入れてくれたオーナー夫妻とスタッフさんに感謝。当日は昼過ぎに大内氏の車で向かった。車内で冬のBASE FOR RESTはどんな雰囲気なのか想像してワクワクしていた。
夕方現地に到着し、早速撮影の準備に取り掛かる。冬のBASE FOR RESTはオフシーズンということもあり、前回の夏とは違い、虫や人の賑わいも過ぎ、しーんとしていて一見寂しいようだが、どこか人の暖かみのある空気感を感じられた。冬の山間の澄んだ空気を確かめながらの声出しは大変気持ちがよく、いつものように仕切り役がいない中でも順調に撮影が進むと確信した。今回演奏する曲は『seasons』の中から『Pulk』と『Last Step』という冬をイメージした曲を選んだ。『Pulk』は弾き語り用にアレンジし『Last Step』はアルバム収録前のデモ版で演奏することにしていた。
まずは屋外スペースで『Last Step』から演奏することに。冬の屋外での弾き語りはすぐに指先が冷えて手が動かなくなるため、長時間演奏し続けることが難しい。カメラワークのテストも兼ねて撮影を始める。1回目でOKテイクを出してやろうと思ったので、最初から全力で歌った。が、やはりカメラワークの微調整や僕の動きに要望が入る。このやりとりも3回目となると慣れてくるもので話も早く、大内氏との呼吸もぴったりだったと思う。結局日が暮れるギリギリ、手が限界を迎えるまで撮影し、どのテイクも良い演奏ができたと手応えを感じた。「歌や演奏は出たとこ勝負」というメンバーからのアドバイスは、いつしかプレッシャーから力に変わり、自信を持って演奏できた。
『Last Step』を終え、次の撮影場所を屋内の薪ストーブがあるキッチンスペースに移し『Pulk』の撮影に入る。先ほどの屋外での撮影で、僕の手はもう動かないくらい冷たくなっていた。するとオーナー夫妻が薪ストーブとは別に暖を取る用のストーブを用意してくれた。やかんが置いてあると一気に趣きが増して嬉しい。本当に至れり尽くせりで感謝しかない。
大内氏の準備が整い、僕の手も温まったので撮影再開。『Pulk』は元々ゆったりとしたテンポ感で作った曲だったので、それに近いかたちで演奏した。僕の中では一番シンプルな曲だ。ロケ地の雰囲気も相まって、まるで家で弾いているような感覚だった。いくつかのカメラワークを試しながら数テイク演奏し、どれも納得のいく出来となった。撮影が順調に進んだのは、このような場所を提供してくださり、さらに薪ストーブまで用意してくださったオーナーご夫婦の温かいお気遣いのおかげだと思う。また、少ない時間で色々と考え、動いてくれた大内氏にも多大なる感謝を。
撮影を終える頃には辺りはすっかり夜になっていて、空には綺麗な月が浮かんでいた。オーナー夫妻に感謝を伝え、BASE FOR RESTを後にした。また落ち着いたらみんなでゆっくりかき氷とジンジャーエールで夏を感じに戻って来たい。このような感じで冬編を終えた。