#2 2019 WINTER鹿
WINTER
鹿
writing by 佐藤椅子
photograph by 三田周

the sankhwaの朝は早い。このスタディの時はいつだって朝が早い。集合時間は5時半とか6時半とか下手をしたら寝ずにまだ起きているような時間帯に集合する。大抵頭の中にモヤがかかった状態で眠い目を擦りながらおはようを交わすのだが、今回に限っては少し違っていた。ほんのりと、しかし確実に体の中に昂るものがあった。今回我々が冬を知る為に体験させてもらうのは、狩猟解禁時期のみ体験できる〝鹿の解体”だ。
僕と玉田は普段からよく「解体や狩猟をやってみたいよねー」と話をしていたのが、それがついに現実のものとなる。カメラマンの三田氏と共に大阪から車に揺られて約3時間、窓の景色は高速道路から田舎道に、そして徐々に農山村の原風景に移り変わっていく。到着したのは京都府南丹市美山町、その最奥の集落にある「田歌舎(たうたしゃ)」だ。

田歌舎は約1.5 haの田畑・山林を所有しており、そこで農業、狩猟、採集、牧畜、建築などの自給的な暮らしをされており、その生活を体験させてもらえる場所なのだ。到着すると髭を蓄えたいかにも猟師、という風貌のオーナーが我々を迎えてくれた。独特の雰囲気というか、そこにいるだけなのに吐く息の白さにも存在感がある。広い土地の中に木造の建物が数棟並んでおり、合鴨が走る水田、収穫された後の畑、餌を食べているヤギの小屋、道具が吊るしてある物置の裏には木々が並ぶ山の勾配が佇んでいた。解体を始める前に田歌舎での生活のことや、生業について話を聞く。お米、野菜などもほぼほぼ自給されており、食料自給率は9割以上!だそうだ。すげえ。さっき見た合鴨も稲の収穫が終われば、一部は繁殖させて次の稲作に、一部は食用にするそうだ。建物も全てセルフビルドらしい。よく見るとドアノブも鹿のツノでできている。
使えるものは全て使っていることに感心する。食料は基本的に自分たちで賄っているが、銃弾や電子機器などはお金を払わないと手に入れられないものなので、そういった物の購入する為にこういった体験や食材の販売などを行っているそうだ。淡々と、明確に自分たちの生き方を話してくれる。


田歌舎の中を案内してもらう。今年畑で採れた野菜を保管している倉庫を見せてもらえることに。倉庫の中では電球色に見守られた様々な野菜たちが並んでいる。凄い量だ。とんでもない大きさのカブがたくさん並んでいる。2歳児ぐらいの重さがあった。この年は冬が暖かく収穫がかなり早まってしまったそうで、早めに保存食や漬物にしなければいけないんだと嘆いていた。この量を加工するのは相当な手間だろう。山の気候や環境の変化がダイレクトに生活に影響するのがこの生活の大変なところだ。鹿も年々獲れにくくなっているそうだ。山から引いた湧き水が管を伝い、溢れている。とても冷たくて背筋が伸びる。事務所内は薪の暖炉が静かに音を立てながら室内を暖めている。揺れる火の前には年老いた犬が柔らかい表情で寝転んでいた。もう引退した元猟犬のおばあちゃんで、お腹には歴戦の跡だと思われる傷がいくつもあった。猟犬は動物の位置を教えてくれたり、追い回して獣を足止めしたりする役割を担っているので、獣達と戦闘になったりすることもしばしば。めちゃくちゃカッコイイ狩猟中の写真が飾ってある。物販コーナーでは肉や米が売ってあった。

本当は狩猟も体験したかったが、血抜きの関係でその個体をその場で解体することはできない為、あらかじめ血抜きした個体を解体することになっていた。
いよいよ解体へ向かう。「バンドでこういった体験に来るなんてとても面白いバンドですね!」僕らを担当していただくインストラクターさんと談笑しながら足を進める。確かにそんなバンドは自分たちも聞いたことがない。そんな和気藹々とした雰囲気の中、僕らの目に飛び込んできたものがあった。焦茶色のような、茶黒色のような物体が転がっている。「あれか」と思うとほぼ同時にほんのちょっとだけゾワっとする感覚が走る。それは緊張感なのか、抵抗感なのか、興奮なのか、あるいはそのすべてなのか。近づくにつれてそのぼやけたシルエットが鮮明になっていく。解体場に到着した我々の足元には、死んだ鹿が一体転がっていた。その目には一筋の光もなく黒く沈んでいる。目を合わせても目が合うことはない。

鹿についての説明が始まった。血抜きのこと、腸や排泄器官などの匂いを移してしまう内臓を早く取らないと肉の味が落ちるので真っ先に取ること、鹿の糞は全然臭くないこと。同じように狩猟体験に来ていた3人組の男性たちと共に様々な説明を受けた。すぐ左隣には青色の水槽があり水が張ってある。赤く濁ったその中にはもう一体の鹿が沈んでいた。田歌舎では血抜きの為に3日ほどこうやって沈めておくそうだ。転がっている鹿には心臓や肺、横隔膜などがそのままついていて、取り出して持たせてもらう。心臓は弾力があってプリプリしている。肺はだらっと手から溢れるようにブヨブヨしている。冷たい。淡々と作業を進めていたつもりなのだが、写真を見るとそれを実際に手に取る僕達はなぜか笑っている。はっきりとはわからないが少なからず興奮と好奇心を持っていたように思う。


内臓を完全に取り除いたら先ほどの3人組の男性たちとは別れ、ついに解体が始まる。手を洗っている間に、切り離した内臓は機械によって真空パックされ冷凍保存されていく。後ろ足に縄をかけ、クレーンで吊るして準備完了。あっという間に吊るしあがった。近代的な機械がこの作業をより効率良く進行させる。現代技術と歴史の集合地点にいる気分。
解体は皮を剥ぐ作業からだ。つま先部分にぐるっと切れ目を入れて、そこから皮を引っ張りながら肉と皮の間の筋膜を剥がすように切っていく。肉を傷つけないようにゆっくりと。三田氏もカメラを置いて参加し、みんなで順番にナイフを入れていく。このナイフがとんでもなくよく切れる。意外と皮は剥がれやすかった。そして皮を引っ張るごとにかなりの量の毛が抜ける。この毛も肉につくと匂いが移ってしまって肉の味が落ちるらしいので、こまめに手とナイフを洗いながら作業を進めていく。


モモの部分に差し掛かるとゆっくりと引っ張るだけで皮が剥がれるようになっていた。皮の裏側には斑模様が浮かんでいて、その模様は一体一体違うらしい。皮が剥がれた部分からは見たことがある食べ物としての肉が顔を出す。この頃には完全にさつまいも編と同じように料理をしている感覚になっていたような気がする。「みなさんナイフうまいっすね!料理されてます?」インストラクターさんが僕らのことを包丁さばきで見抜く。うまいと言われるとちょっと嬉しい。的確な指示で作業はスムーズに進行していた。包丁が苦手な山田も丁寧に皮を剥いでいく。さすがの金子は上手い。解体にも慣れてきて徐々にみんなの口数も増えていった。やりにくいところはみんなで鹿を支え合ったりして、僕は真剣さと高揚感で顔がほころんでいた。今までモニターの向こうにあった世界が目の前にあった。皆も何かしらの高揚感を感じていたのか、終始笑っていた。本当に楽しいと感じた。



背中の皮を剥がすと背中に銃弾の通った跡があった。銃創を中心に鬱血している。この部分は肉が硬くなっているのと集まってきた血の匂いでとても食べることができない。今回は銃弾が背中を貫通していたのでロースの一部分が駄目になっていた。その時、この鹿を仕留めた猟師さんが弾の通ったところを確認しにきた。若くて可愛らしい女性だったのでびっくりしたのを覚えている。自分が撃って駄目になってしまった箇所を見て反省しつつ、「ここ最近で一番美味しそうな子!」と言っていたのがとても印象に残っている。
作業もひと段落したところで、昼食の時間になった。



食堂に到着すると、料理が次々と届けられた。鹿肉のステーキ、鹿カツ、ご飯に味噌汁、漬物。すべてこの田歌舎でとれたものだという。卓上の醤油や味噌も全て自家製とのこと。味噌汁の香りに腹の虫が鳴く。メインの鹿肉のステーキを口に入れた瞬間に衝撃が走った。全く臭くない。僕の中での常識が塗り変わった瞬間だった。目の奥がジリジリと熱くなっていく。玉田が僕を見て泣いていると笑う。そういう玉田の前にあった鹿カツはみるみる間に彼の胃の中に消えていった。金子は漬物、野菜がうまいうまいと言ってモリモリ。あっという間に大量の味噌汁も無くなってしまった。ついには米櫃までカラに。

本当はもっと味について語りたいのだが、むちゃくちゃ長くなりそうなので割愛することにした。実際に食べてみることをお勧めしたい。京都市の四条大宮にも田歌舎のレストランがあるので是非足を運んでみてほしい。
先ほどの男性3人組はこれから狩猟体験とのことでトラックに乗って山の方へ向かっていった。ちゃんと獲れるだろうか。獲れたらいいな。
猟犬やヤギとしばし戯れたあとは、解体作業の再開だ。

皮を剥ぎ終わったのでこれから各部位に切り分けていく。筋肉の境目、骨の継ぎ目に沿ってナイフを入れていくのだが、これが一見ではわからない。
ホワイトボードに絵を描いて解説してもらいながら次々にバラしていく。足一つ外すにも、先人たちの長い歴史と肉体に対する研究があってこそのこの知識だ、と痛感する。肋骨部分、いわゆるスペアリブの部分の肉も無駄なく解体していく。難しい部分、傷つけることができない希少部位はインストラクターさんにしてもらった。ナイフ捌きの速さに感心する。


この時、僕達が解体を始めてから4時間ほど経っていたのだが、インストラクターさんが普段一人で解体するときは一頭あたり1時間ほどで作業を終えるそうだ。とんでもない速さだ。個体差を理解するのに300体ほどかかったとおっしゃっていた。切り分けた部分はトレーに乗せて重さを測っていく。小さな前足だって十数キロもある。


もうこの頃には動物の鹿ではなく、完全に美味しそうなお肉になっていた。動物っぽさは毛の有無で認識しているのではないかとも思った。首を切り落とし舌もしっかりと取る。ザラザラとした感触だ。一頭から取れる量はこんなにも小さい。希少部位だ。その他の可食に向かない部分は猟犬のご飯になるとのことだった。
いつの間にか、残る部分は背骨と大きな後ろ足だけになった。最後の足を切り取ったのは我らが山田。切れ込みを入れて捻り切る。ずっしりとした重さを腕に感じながら最後の足を掲げていた彼はボクシングのチャンピオンのようだった。廃棄する部分がバケツに集まっている。バケツから顔を出す鹿の顔に「ありがとう」と心の中で呟いた。

最後はみんなで今日の総括を一人一人話す。「もっとウッとなったり怖く感じたりすると思ったけど、そんなことなかった。貴重な体験だった」と言うyumi。「食べ物を大切にしたい」と言う山田の感想はただのありきたりな言葉ではなかった。その言葉にはこの工程を体感したからこその重みがあってグッと胸に落ちてくる。インストラクターさんから一言ずつ僕らのこの企画に対する取り組みや、真剣かつ楽しく作業を進める我々全員に「いいね!」をもらった。そしてみんなでみんなに「いいね!」を言い合った。自分の興味のあったことをみんなと体験し、それをみんなが楽しく、かつ有意義に感じていたこと、普段褒め合うことの少ない僕達が互いに褒めあって笑っていることが、嬉しくもあり、同時に恥ずかしくもあった。これにて解体体験は終了。
解体し終わった後に物販コーナーに行くと肉の見え方が全然違って見えた。

みんなでお土産を買い、しばし談笑した後、帰路につこうとしたその時、狩猟体験に出かけていた3人組が帰ってきた!なんと、止まった軽トラックの荷台には大きな鹿が横たわっている! その鹿は頭と腹に銃弾を受けていた。眼球が外れているが不思議とグロさは感じない。それよりも本当に獲って帰ってきたことに興奮している。「もう時間的に獲れないかなって思ったけど、急に目の前を鹿が横切って、その瞬間に猟師さんが銃を構えたと思ったら、銃声がして、鹿が転がっていくのが見えて…! その場で内臓を取って…!」「うおぉぉぉぉ」大興奮でその時の状況を話してくれた。その話を聞いて僕もより興奮する。トラックの荷台から活躍しただろう猟犬が一仕事終えた自慢げな顔を出していた。


お疲れさまと犬に声を掛けるyumiと金子と山田。「獲れてよかったわー」オーナーさんと玉田の話す佇まい。こういった光景が原始的で、かつ純粋な喜びだと感じた。僕らの中にずっと太古から狩りをしてきた人類のDNAが脈々と受け継がれているような気がした。そんな喜びを共有し分かち合い、我々は田歌舎を後にする。田歌舎の人々と美山の霧がかった景色が僕らを見送ってくれた。

我々がモノを食べるということはその生き物の命を「いただく」ということだ。命が生まれ、成長し、その生き物が育んだ肉体を「殺して」我々は命を繋いでいる。それが「食べる」ということだ。しかし僕らが直接自らの手で動物を殺して食べることは滅多にない。当たり前のことだが普段スーパーに並ぶ鶏肉も豚肉も牛肉も、殺される前までは生きていた動物なのだ。本来ある過程を誰かが代理で行っている。それを体感せずにこれからずっと生きていると、生きる実感が薄れていくような気がしていた。自らそれを体験することで、より「食べる」ということは「生きる」ということを確認したかったのだ。かわいそう、わかる。ひどいことをしている、わかる。でも僕達は食べないと生きていけない。僕に子供ができたら連れてこよう。今日のことを友達に話せば、彼らも体験に行ってくれるだろうか。帰りの車の中でそう思った僕は、電話を手に取る。お土産で買った鹿ロース肉を振る舞うことにしよう。程なくして、来週末の予定が決まった。